手掛けた仕事を見直すように、また思い返して感慨にふけったり、つい先日のことなので、それほど昔の話ではないが
新しい仕事に集中して取りかかると、少し前のことがものすごく昔の出来事のように思える。
いくつか作品を見返す中で、依頼主には些細なことかもしれないが、私には大きなメッセージをいただくことになった出来事がある。
依頼いただいた家具は、リビングのボードとドレッサーの二つ。ご主人がわざわざ工房まで足を運んでくださったのは1年程前のことで、どのようなデザインが好きだということや、私たちに相談を持ちかけることになった経緯などの話をうかがった。打ち合わせのなかで印象に残ることがいつも何かひとつあるのだが、その時の私にはご主人が最初に話された動機のことが印象に残った。
ご主人はこの春に退職され、新しい生活の場を設けるこの機会に、結婚した当時に妻に買ってあげることが出来なかったドレッサーを作ってあげたいということを冗談を交えて面白おかしく話してくれたように記憶している。
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納品当日は雨降りで、奥様は風邪を引かれていて立ち会えなかった 。
後日、メールをいただいた。
ご新居にて奥様に鏡台をお披露目された様子が書かれてあった。
「妻は大感激で椅子に座ったり鏡をのぞき込んだりして、しばし鏡台から離れませんでした
これで私も永年の負い目というか、心に引っかかっていた思いが解決したようで嬉しいです」
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鏡台を作るにあたって、いつもと違ったのを憶えています。
いつもは、こちらがリードするようにデザインを説明して、お客様に理解を促すように進めていく。それが反対に、こちらが理解をしながら作っていく感じだったように思う。これをものすごくかいつまんだ解釈にすると、私よりもご主人の方が「よい家具にしようとしていた」ということだと言える気がする。
私は作家でもアーチストでもないので、製作の依頼を請けることがなければ、たぶん何も作らないと思う。
私から発信するメッセージというようなものは然程ない。
ものを作る上で、いつも気になるのは、例えば、その家具が置かれる空間や使う人がどうか、という背景や、このご主人の場合であれば、人と空間に時間軸が加わっていて、それは物語といえるかもしれない。物語や空間において、きちんと文脈がつながるかたちでモノづくりがしたい。
この鏡台では、私は一歩ひいたところで 製作していたのかもしれない。それも文脈においては正解ということで良かったのだろうと思っている。
まだまだ力のない私たちができることなんて、そう多くも、また大きいことでもない。見逃しそうな小さなことをしっかりと拾えるように、少ないながらも培った経験をきちんと役立たせることができるように、いつも準備するだけである。
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