一本の丸太からなるとても美しい板目のチーク材の天板。堅く、水や汚れに強く、耐朽性の高いチーク材は家具になってしまえば良いところばかりの材ですが家具の材料として手にできる量には限りがあって、とても高価な材になっています。
加工は良好ですが、刃物は直ぐに切れ味を失うので繰り返し刃研ぎが必要です 。木目や色味も削ってみるまでは判らないことも多くあって、一本の丸太を仕入れて製作するのはいつも以上に覚悟を要します。大変なことも多いのですが、仕上がった天板を前にし、チーク材でしか発することのないその存在感に報われた気がします。
ステンレススチールで製作の脚部も力作です。パイプでなく、無垢の平板を加工して製作しています
縦揺れに強いAパーツと横揺れに強いBパーツのそれぞれを溶接で製作の上、縫い合わせるようにボルトで合体させています。検討通りで剛性は十二分に発揮されています。これらの概要はスカルパ(Carlo Scarpa)の作品から着想しているのですが、スカルパの掲げる超合理主義というのはなるほどこういうことかと、あらためて考えさせられた機会にもなりました。製作においても、困難を極めていて合理的とは言い難く、必要な機能だけを求めるのであればもっと簡単な回答もあります。テーブルの脚ならば4本の角パイプでも事足るのです。それでも、素材と向き合うことや製作手段を熟慮することでしか生まれない創意工夫があるということ。そこには次につながる何かの発見があったりして、大げさにいうならばそれこそが伝統的価値と呼べるものなのかもしれません。堅牢なチーク材を用いて、剛性のあるステンレスの脚部からなるこのテーブルは100年保つテーブルです。いろいろな想いも込めてそう位置付けたいと私は思っています
ものづくりということにおいて、必要なものを必要な分だけ、無駄のなく合理的というのは現代において大切な考えのひとつだと思います。庶民感覚を軸にしたいとどこかで思っている私には、どちらかといえばこちらよりの考え方をしていることが多い気もします。特別なものを特別な人に向けてやっているかもしれない、今の私のオーダーメイド家具ですが 、丁寧に作られたものが特別でなくて、普通に存在する世の中になれば良いなと切に願っています。